愉しく、ゆったり、のびやかに、自分らしく生きたいものですね。

33rpm 〜 Life+ 〜

Life+ 〜 No Smile, No Life 〜

〜 Disco OZ のこと (3) 〜 記憶を記録

80年代、名古屋にあった伝説の Disco OZ について、前回からの続きです。

しばらくブランクがあり、記憶がたどたどしのですが、ふらっとOZに行ってみたら、今度は嘘みたいにすんなり入店できてしまって…。

その頃、イケイケなバブルを背景に、ディスコのトレンドが個性派からゴージャス派、音楽もハイエナジー系に移り変わり、お客の流れも変わりつつありました。

マハラジャ系、King & Queen、Virgoとかが台頭してきた時期です。 当時の言葉で言う、ハイソ(ハイソサエティ)なディスコ・ブーム。

といっても、私たちの志向も、パンク路線から、ちょっとだけ大人になって?ファッションもブランドに傾倒しつつ、お洒落なことを意識するようになってしまっていたので、見た目の安全さ??も手伝って、入れたのかなと。

久しぶりのOZです。 でも、入店してビックリです。 暗くて病んだ黒のOZはなく、真っ白で、小綺麗で、客層も穏やかで、とにかく開店当初の、あのゴチャゴチャ感や、怪しさもなく、明るく、健全、健康的に・・。

後期の、白いOZです。 選曲もそれに合わせてか、流行りのディスコ系の曲を中心に、でもたまに「ワン・ツー」や「ピー・カー・ブー」なども混ぜながら。 音楽だけは、他のディスコより少しだけ期待できました。

いつかは覚えがないですが「開店○周年」といったイベントもあったそうです。

でも「よし行くぞ!」という気持ちの高揚感はなく、後半は、ディスコに行くならとりあえずOZ?ぐらいの感じで、ワクワク感は喪失。

そして、知らされたのがOZの閉店。 とくに驚きもなく、やっぱりか・・と、なんとなく予感はしていました。 芋洗い状態だったフロアーも、ひとりあたりのスペースがのびのびとしていましたし、他のディスコとの差別化も感じなかったですし、選曲も普通で、それが理由で、途中で帰ったことが何度も。

それでも、とりあえず最後のOZは見ておこうということに。

最終日は「OZの葬式」。 人の数がとんでもないことになっていて、エレベータ降りてから身動きひとつできないぐらいの大混雑。

どうにか中に入り、しばらくすると、木魚と南無阿弥陀仏がスピーカーから大音量で。 予想通り?の演出でスタート。 開店当初からの定番もしっかり交えながらの選曲でしたが、当時のような「なり振り構わず」にはなれず、静観の時間が長かったようなに記憶しています。 あの頃のOZとは違うな…と、どこか冷めた自分がいました。 「OZの葬式」が終わったときも、すごくあっさりしたものでした。 これでおしまい!と。 ここがOZとの繋がりの切れ目、終焉でした。

「OZの一周忌があるよ」と誘われても行くことはなかったです。 開店当初の、いちばん良かったときのOZのイメージを大事に終わりたいと。

もしOZが復活することがあっても・・・行かないでしょうね。

今でも、OZに行くときに友達と待ち合わせた栄地下街のクリスタル広場の日産ギャラリーがあったあたりや、住吉、プリンセス大通り、グランドビルの近くを通ると、根拠のない自信とエネルギーに満ち溢れてたあの頃の事を想い出します。

その後、マハラジャの近くにYMO細野晴臣氏が?関わって全国的にも話題にもなった「ダンス・ホール」がオープンし、数回行きましたが、通いつめることはなく終わりました。 ただ、立花ハジメ氏の "Modern Thing" とか、ジョン・ライドンの新ユニットの "World Distraction? Time Zone?"(うろ覚え)、とか選曲は良かったし、天むすと手羽先が、なかなかの味だったから、東京とかの友人が来たときに連れて行ったりはしました (というか、ほかにココ!というお見せがなかったので)。

OZの亡き跡地には、スクール?というディスコができたと思ったけど、これは1回だけ様子見に行ったきりでしたね。

【お断り】

拙い記憶を頼りに綴っていますので、ところどころ前後関係がおかしかったりするかもしれませんが、そこはご愛嬌で :)

以上、80年代の私のDisco OZの記憶です。

お粗末さまでした。

また思い出しましたら、ブログに記しておきますね。

  • おわり *