愉しく、ゆったり、のびやかに、自分らしく生きたいものですね。

33rpm 〜 Life+ 〜

Life+ 〜 No Smile, No Life 〜

人民の自由 ∝ 国家の強さ

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人民の自由は、国家の強さに比例する。

ルソー

考えればなるほど、うーん、そうですよね。

人民の自由とは何か?

どういう状態に自由を感じるのか?

物質的に、時間的に、ちょっとぐらい不便であっても “心の豊かさ” を原点に、自由を定義するのか?

物質的・金銭的な豊かさを、自由の原点と定義するのか。

近ごろは、そんな曖昧さが政治不安の根元にあり、社会の不安定さを生んでいるようにも感じます。

政治にたずさわる皆さんには、この原理原則をしっかり哲学していただきたいと思います。

・国家とは誰のものなのか?

・政治とは誰のためにあるのか?

・政治家とはなんなのか?

国民に胸を張ってしっかり答えられるように。

今回は、話が大きくなりすぎましたね (^^:

 

未来に備える知恵?

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人間であるかぎり、誰でも過ちはある。

しかし賢者や善人は、自分の過ちや失敗の中から、未来に備えるための知恵を学び取る。

プルターク

行動に失敗はつきものです。失敗を恐れて何もしないより、失敗し、そこから生きるための知恵を得ることのほうが、はるかに人を成長させます。

もし、みなさんの周りで失敗をしない人がいたら、それは失敗をしていないのではなく、失敗を恐れて行動していない人かもしれません。もしくは、ただ前例に従って人の後ろを歩いているだけの人かもしれません。

やってみて、ダメならそこを修正していく。踏み出す一歩は小さくても、その積み重ねは、必ず次につながる景色を見せてくれます。

行動するということは、知恵を得る大切な手段だということでもあります。

信念は◯◯である

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信念は人を強くする。

疑いは活力を麻痺させる。

信念は力である。

フレデリック・ロバートソン

すべては、信じることから始まります。信じる力には無限のエネルギーを秘めています。信念は、いつでも、どこでも、誰にでも、自由に抱くことができるものです。
時には根拠のない信念で突き進むことが成長と成功を築くこともあります。心揺さぶるような強い信念が、グッと結果を引き寄せることも。

信念のある行動と、信念のない行動には、行動の質に明らかな差を生じさせます。その差は、結果に変化を与えます。もちろん、信念は個人だけでなく、チームや会社(経営理念)など組織にも有用です。

現実の人生では、あらゆる偉業は信念に始まり、信念によって第一歩を踏み出す。

アウグスト・フォン・シュレーゲル

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たとえ信念があっても、達成できることはごくわずかなものだ。

しかし信念がなければ、何事も達成できない。

サミュエル・バトラー

ときには自己洗脳

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「自分にはできる」と自分を説得できたときそれは可能となる。
「自分にはできない」と想像したら、この世でもっとも簡単なことさえ不可能になる。

エミール・クーエ

できる、できないは、自分次第。

想像力を働かせることは、知識を超越します。

また、時には根拠のない自信で行動することも必要です。

行動を通して、いつしか根拠のない自信が、革新を生み、確信につながることだってあるのです。

自分で新たな常識を創るぞ!

というぐらいの気概をもって。

先の見えない、不安定で、不確実な現在は、そういう人がチャンスを掴むはずです。

思い込みによる自己洗脳も、生きるうえで大事なスキルになったりするのです。

自分が自分のファンであり、サポーターであり、ときには良きライバルであったりも。

 

 

僕が死を考えるのは

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僕が死を考えるのは、死ぬためじゃない。

生きるためなんだ。

アンドレ・マルロー

今日、明日、明後日…

絶対に生きているという保証はありません。

生きるものは、産まれた瞬間に、死への行進が始まっているのです。その死がいつなのかは分かりません。本人でさえ。

自分自身にふりかかることで、自分にも分からないことには、常に不安がつきまといます。

でも、どうでしょうか。

普段の生活の中では「いつ死ぬか」について、驚くほど鈍感ですよね? そう、むしろ鈍感でないと、まだ見えぬ将来に希望を抱いて生きていくことはできないわけですが。そもそも日々落ち着いて生活することすらできないですし。人間というものは実によくできたものです。

でも、今日と同じ明日が、必ずやって来るものだと思って生きていると、一日一日の大切さにも鈍感になってしまいます。

今日、明日、明後日?

まさか死ぬことはないだろうと。

しかし、アンドレ・マルローのことばのように、自分の死についてきちんと向きあった途端に、生きることの価値、今日という日の価値がガラッと変わります。

もしも明日、死んでしまっても悔いのないように今日を精いっぱい生きようと。

セネカのことばのように。

毎日を最後の一日のように思いつつ生きよ。

セネカ

そして、セルバンテスのことばに励まされながら。

生命のあるかぎり、希望はあるものだ。

セルバンテス

死について考えることを不謹慎とする人もいます。でも、生きている以上、死は誰にもある変えられない事実です。事実から目をそらさず、勇気をもって生きていくことが大切です。

チャップリンのことばは、死と生の意味を考えさせられます。

死と同じように避けられないものがある。

それは生きることだ。

チャールズ・チャップリン

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